【小説】天才作家『星川流星』の手記

ものがたり
大庭大輝(30)

彼は東京で刑事をしている。

仕事と家を往復する毎日で休日も特に趣味はなく、染み付いた癖のように仕事のことをぼんやり考えていた。

特に不満もないが何かに打ち込みたくなるような情熱を感じることもない。

ただ社会の歯車として

そつなく人生をこなしていた。



そんなある日、奥多摩でとある有名作家の変死体が見つかった。


大庭は捜査に駆り出される


その事件を知って大庭は驚愕した。


死体で見つかった有名作家は

彼が高校生のときに夢中になり、何度も読み返していた本の作者だったのだ。


その作家の名前は星川流星。


大庭は星川の作品に感化されて小説家を目指した。

何作も書き上げ、何度も出版社に小説を送った。


だが大庭の作品が日の目を見ることはなかった。


大庭は諦めきれず勉強もそっちのけで小説に打ち込んだ。


だが大庭の両親は堅実な人で、そんな大庭を強く叱責した。


最初、大庭は激しく抵抗したが小説大賞の度重なる落選や、


毎日両親から向けられる「そんな夢みたいなこと諦めて勉強しろ」という圧力に意気消沈していき


結局小説家の夢は諦めて親の勧め通り刑事への道を選んだ。

そんな大庭を両親は褒め称えた。

大庭もこれでよかったんだと思った。



そんな彼はどういう訳か今、

奥多摩にある屋敷の一室で、かつての憧れだった有名作家"星川流星"の亡骸を茫然と見下ろしていた。


星川は座椅子の背もたれにもたれて天を仰ぐ形で事切れている。


その顔はどこか笑っているようにも見えた。


隣で眉間に皺を寄せて死体を見つめる先輩刑事に大庭は尋ねた。

「自殺…ですかね?」

「遺書は見つかっていない。

有名な作家だけに金目当てか怨恨による殺人も考えられる。

どちらにせよ、こんな形の死に方は不自然だ。

すべての可能性を視野に入れて捜査を続けてくれ。」


「わかりました。」


大庭がふと横に目をやるとそこにはぼろぼろの手帳が置かれていた。


大庭は先輩からその手帳を調べ、何か不審な点がないか調べるよう命じられた。


後日、大庭は食い入るように手帳を調べていた。


星川の手帳にはさまざまな言葉が散りばめられていた。


かつて小説家志望だった大庭にとって、それらは何とも言えない感動を呼び起こすものだった。

だがそれと同時に、書いた小説が受け入れられることなく

夢を諦めていった苦い思い出も湧き上がってくるのだった。

バツが悪くなりぱらぱらとページをめくると、とある文章に目が釘付けになった。


そこにはこんなことが記されていた。



『純粋なる小説家諸君よ

ほとんどの名作は葬られてきた 


ときに人々の無知さゆえに

その素晴らしさは理解されないのだ


私は世間が喜ぶものではなく 

自分の信じるものを書き続けた



はじめは誰一人読まなかった  

世間は私を狂人と称した。  

だが友よ

狂っているのは世間の方なのだ

よって私は狂った世界に更なる餌をまくべきではないと考えた    



世間が喜ぶストーリーというものを書くことは出来る   

だが私は断じてそれをしない   



世間で変人と呼ばれるものたちは正常だ   

正常であるがために世間には受け入れられない     

私は魂を神に捧げ 悪魔には引き渡さなかった    


世間という悪魔には…      


純粋なる小説家よ   

どうか書いてくれ     


人がどう思うかとか 売れるとか   

そんなことを飛び越えた   


魂の声を綴る作品を     


世間は最初撥ね付けるだろう

そして中傷する   

いや、むしろ気にも止めないかもしれない


やがてたった数パーセントの聡明な人がその作品から漂っている香りに気づく    


そしてそのまま純粋なる声を書き続けると    

世界が裏返る     


そして背中を向けていた世間さえも自分の思い込みの投影だったことに気づくだろう    


友よ    世間は敵ではない    


あなたの想いそのものが  敵を作り出すのだ    


そしてそれはあなたがそれを超えるために立ちはだかるのだ    


どうか足を止めずに


世間へ怒りを向けずに    


静かに'最初'に沸いた正直な言葉を書き留め続けて欲しい



君に    その勇気があることを願う』




大庭はその言葉に感動し涙を流した。

高校生の頃に抱いていたあの情熱が蘇ったかのようだった。


その日の仕事を終え帰宅した大庭は、久々に小説を書いてみることにした。

でも何も浮かばない。


「おれ…才能ないんだよな……。」

そう言ってため息をついてパソコンを閉じた。



翌日も大庭は星川の死因を探るために手帳をパラパラとめくっていた。


ふとこんな言葉が目に留まった。


『何も浮かばないときは好きなことをすべし』


その言葉を見て

小説家の夢破れた劣等感に苛まれていた大庭の心はどこか軽くなり

何となくまた書ける気がしてきた。


大庭は事件の捜査のことはすっかり忘れて、手帳に記されている通りに過ごし

言葉を綴り始めた。

そして休日は星川の足跡を辿った。


食い入るように手帳を見て、休日を返上してまで星川を追い続ける大庭の姿を見て

先輩刑事は「なんて仕事熱心な奴なんだ」と感動していた。


そんな先輩刑事の羨望を尻目に、大庭は星川流星の世界へとどんどん足を踏み入れて行った。


それは星川の手帳から漂う香りを辿り、香りの源泉に向かっているような不思議な旅だった。


《続く》

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