咲きかけの桜が好き 満開への 希望に満ち溢れているから 満開の桜を見ると 嬉しいと同時に切ない それは散りゆく運命にあるから そんな心の動きを 何度見つめてきたことだろう 人は咲き誇ることを望む そして 満開のときの何とも言えない美しさをこの心に留めようと あれこれ思案して 様々なものを生み出してきた そしてこの世界には 擬似的な悦びがたくさん生まれた その影に 本物はひっそりと息を潜めた ある男がいた その男もまた かつて触れた何ともいえない美しさに焦がれていた だがこの世界に豊富にある偽りの美しさには満足出来なかった それは一時的な悦びは与えてくれるものの すぐに虚しさや その悦びを保ち続けなければという観念にとらわれ 少しも幸せではなかったからだ 男はどこかにまだ消えることのない本物の美しさがあるはずだと それを探すために世界中を旅した 男はさまざまなものを見つけ それらを手に入れた 甘美な音色を奏で触れるものすべてを輝かせる竪琴 読んだそばから心が溶けるような素晴らしい物語が描かれた本 痛みを感じさせることなく生命を断ち切り口から再び生命を芽吹かせる刀 男は両腕にそれらを抱えていた 男は満足だった だがふと腕の中のそれらを見ると かつての輝きは失われていた 男は竪琴を弾いた だが男はその竪琴の音色で たったひとつの石ころさえも輝かすことはできなかった 男は物語を読んだ だが男はその物語から何も見出すことはできなかった 男は刀を手に取り目の前にあった葦を切りつけた 葦は悲鳴をあげそして切り口から新しい芽が芽吹くことはなかった 男は落胆した どんなに素晴らしいものを手に入れても 男はそれを活かす術を知らなかったのだ これ以上ない宝物だと思えたそれらは 男の腕の中ではガラクタ同然だった 男はそれらを投げ捨てようとしたが やはりそれも惜しいので 木箱にしまい込んで家の物置に置いた 男はまた旅に出かけた 今度は物ではなく何か自然に則した素晴らしいものを探した そして男はとある森にたどり着いた そこはとても神秘的な場所だった 黄金色の鳥が尾を風になびかせて飛び 木は風に揺れる度に甘美な歌声で唄い 土からは甘く爽やかな香りが立ち上っていた さらに奥に進むと それは見事な桜の木があった その桜は月の光にきらきらと輝き 風に揺れる様相は 目が溶け落ちてしまいそうなほど 美しいダンスを見ているかのようだった 男はその桜に引き寄せられ どうしても手に入れたいと思った その桜の傍らでしばらく時間を過ごし 様々な思いがめぐった そして ついにその桜の木を後にしようとするとき その桜の枝をひとつ手折って懐に入れた 男は桜を手にした嬉しさと罪悪感を感じ そして やがて手の中で枯れゆく運命に切なさを感じていた ほどなくして桜はその息を止めた 男はまた繰り返してしまった 地に根付いて咲く花の美しさに焦がれていたのに 欲するあまりに殺してしまった 男はわかっていた この心に留められるのは死んだものだけだと 男は泣いた 本物を何ひとつ手にすることのできない この身体を この心を呪った いっそのこと消えてしまいたいとさえ願った どれくらいの時間が経っただろう その森の土の香りは男を包み 黄金色の鳥の尾は上空で絶えず弧を描いていた そして風に揺れる木々の歌声が 男の中でこだました ”愛が奪うだけのまやかしなら 誰も望みはしないだろう 風に散りゆく桜は唄う 『失うものは何ひとつない』と その花を落とし微笑む 静かに示した 『永遠』を” その途端に森はざーっという音とともに消えていった 男もその森と共に消えたかのようだった 気づいたら男は自分の家の中にいた 男はとても穏やかな気持ちだった もう何も求める必要がないと心の底から感じていた 男は以前と全く変わらないが すべてを手にしているかのように 満ち足りていた 何かを手に入れることでは 本当に欲しいものを得ることはできない 最初から何ひとつ求める必要はなかった それを知ることだけが 必要だったんだ 男は倉庫へ行き しまい込んでいた木箱を開けた するとそこから あの森で見た黄金色の鳥が飛び出していった 黄金色の鳥は上空で弧を描きながら飛び この世のものとは思えない声で 唄いはじめた ”愛が奪うだけのまやかしなら 誰も望みはしないだろう 宇宙(そら)を仰いだ小鳥は唄う 『失うものは何ひとつない』と 彼方へ飛び去り微笑む 静かに示した 『永遠』を” それを聴いた男は 続けて唄った ”すべて失っても残るものが この世界にあるだろうか それはこの目には見えない この手で掴めるものじゃない この身を投げて微笑む 静かに示した 『永遠』を 『永遠』を” 今年も桜の花が咲く そして美しく咲き誇り 儚く散ってゆくだろう けれどもその奥には 永遠に変わることのない輝きが ひっそりと息を潜めている ~~~~~~~~~~~~~~ 間もなく切られる 老いた桜の木の傍らにて綴る love 🌸
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